ナチスドイツは宇宙人から得た知識で重力遮蔽とUFO製造に成功した?

2007年06月08日 / 常温核融合・重力遮蔽などの超先端科学技術


ナチスドイツは宇宙人から得た知識で重力遮蔽とUFO製造に成功した?

5/25のプラウダ英語版にヒトラーが宇宙人と接触していたという話が堂々と掲載されたことは驚きであった。
日本語訳したので眉につばを付けながらお読み頂きたい。
以前に読んだ常温核融合の理論を確立した北大工学部の水野忠彦助手が書いた「核変換 常温核融合の真実」と言う本の220ページで、ロシアでは重力研究(重力遮蔽や無重力の研究)が進んでいること、日本でも早坂教授の研究が有名で、コマの回転方向によって落下速度が変わること、超伝導体の回転によって重力を遮蔽することが行われており、確かに重力に対する効果が認められているという一節があった。
信じがたい話だが真実かもしれないと考えて調べてみたところ、本当らしいことが分かってきた。
重力遮蔽によって永久機関も可能になるという。
現代物理学の常識をひっくり返す大革命である。
早坂秀雄氏は東北大学放射線工学部門を助教授にて退官した研究者である。
ロシアの新エネルギー技術―セレクション集という本も出版しており、その中には時間の経過を制御する(つまり、タイムマシン)の研究や実験も報告されている。
ただ、過去に戻ることは出来ず、時間の経過を3%遅くしただけの結果であるが。
いずれにせよ、ロシアを筆頭に世界各国で我々の常識を越えた超先端科学技術の研究が進んでいる。
そして、ナチスドイツの成就した恐るべき業績、高速回転体による重力遮蔽効果の証明はUFOの存在を科学的に立証する可能性があることを考えると、ナチスはUFOや宇宙人と深い関係がある可能性が高い様に思われる。
ヘブライの館で書かれたとおり、ドイツは第二次大戦降伏直前に南米や南極に科学者やヒトラーなどを脱出させてド・ゴールの様な亡命政権を維持してきたのかもしれない。
もしこの仮説が真実であるならば、原田武夫氏の言う「覇権国家米国を凌駕する、見えないドイツ」はドイツ亡命政権を指すことになり、1953年以降の世界は米ソ両国を通じてドイツ亡命政権が世界を支配するというパックス・ゲルマニカがその真実であったのかもしれない。
また、15世紀末以降に国際金融資本による世界支配と技術革新の急速進行、ヒトラーがイルミナティ同様に占星術を好んだと事からは、イルミナティの秘密の儀式は宇宙人との接触を目的とするものであり、宇宙人から得た知識が国際金融資本の急激な勢力増大の秘密であった可能性も考えられる。


. . . 本文を読む

以下本文
●ナチスドイツは宇宙人の助けを借りて科学技術分野での優位性を獲得した 2007年5月25日 プラウダ英語版


アドルフ・ヒトラーや他のナチスの僧侶達は、異教徒の聖職者や占星術師の予言に関心を持っていた。しかし、第三帝国が宇宙人に関心を持っていたことはほとんど知られていない。西側のUFO研究家達は、ナチスの軍事・技術的機密の遺産の大部分が反ヒトラー連合諸国に掌握されたために、故意にこの問題が秘密にされてきたと考えている。

西側の歴史家やUFO研究家の主張の大部分は余りに空想的で、馬鹿げているようにさえ聞こえる。

ナチスの研究者達は核爆弾やその他の最新兵器の開発に成功し、全般に非常に高い技術水準を達成した。この成功は習慣的な宇宙人との接触の御陰だと考えられている。

ヒトラーが権力を手に入れる前には、国家社会主義者は伝説のアーリア人とシャンバラ族の起源を探し出す計画を進めていた。彼らは世界を支配するための秘密の素晴らしい知識を手に入れることを期待していた。チベットやヒマラヤへに秘密の探検隊が送り込まれた。1933年にナチスが権力を手に入れてからは、この様な探検の数は顕著に増加した。

この秘密計画は1935年から1939年の間に特に活発に行われた。そして、恐らく欧州での軍事行動が開始した後も探検は継続されただろう。しかし、この計画に関連する全ての書類はナチスドイツの降伏以前に破壊されたか、あるいは今もなお秘密の隠し場所に隠されているのだろう。

UFO研究家達は、ナチスの探検隊は難破したUFOと偶然出会ってその乗組員と接触したと何度か考えてきた。それはヒマラヤで起きた可能性が高い。または、ドイツ人達は地球外生命体の搭乗員を捕虜にしたか、又は宇宙人の基地に遭遇したのだろう。

しかしながら、研究者達の多くは、ドイツ人と難破したUFOの乗組員達の接触は互恵的なものであったと考えている。宇宙人達は宇宙船を修理するための材料を手に入れ、ナチスは新たな知識と技術を宇宙人達から手に入れた。それ故、ドイツの科学研究の多くは地球外文明から得た知識の御陰で達成されたと考えられている。

事実、第二次大戦の期間は傑出した学者がドイツを離れ、国立の技術学校も機能を停止していた。ドイツ国家の技術の置かれた状況を考えれば、ドイツが達成した科学技術の業績はほとんどありえない程のものだ。現代の技術の観点から見ても、巨大な科学的潜在力を有していた米ソ両国-基本的に戦争においてドイツの敵であった-をドイツははるかに凌駕していた。

ナチスが本当に宇宙人と接触したのかどうかは誰も確実なことは言えない。軍事技術や経済の専門家は、1930年代の終わりにドイツは僅か57の潜水艦だけを保有していたが、その後4年間の第二次大戦中に1163隻の近代的で技術的に優れた潜水艦を造船所で建造し、それを軍事行動に投入さえした。ドイツでは戦争遂行のための物資が不足していたこと、連合国による酷い爆撃が行われていたことを考えると、どうやってそれが可能になったのだろう?なぜドイツは地球外知性体の支援を得てもっと完璧な技術(訳者注:兵器のことか?)を作り出さなかったのかと不思議がる者もいるだろう。実際に、ドイツは短い製造期間を必要とする技術しか利用しなかったのだ。

ナチスは時速1000kmに達する世界初のジェット駆動の破壊者(訳者注:爆撃機のことか?)を製造し、それは反ヒトラー連合のあらゆる飛行機より優れていた。1945年初めから5月9日の降伏までの短い期間にドイツがどうやって2000機の新鋭戦闘機を製造しそれを戦場に投入したのかは謎である。

米国の戦争記録保管所や英国空軍公文書館には、ドイツ上空を飛行中に英国軍のヘルメットに似た形の多数の奇妙な飛行物体と遭遇した飛行士の報告書が膨大な数存在する。UFO発見家として知られる米国人のケネス・アーノルドは「空飛ぶ皿」の最初の発見者ではなかったのだ。米英の飛行士は第二次大戦中にこの現象を目撃した。これらの物体への発砲は全く損傷を与えられなかった!

1943年10月14日、英国空軍のR・ホルムズ少佐はシュワインフルト爆撃中に幾つかの「大きな光輝く円板」を目撃したと報告している。その物体は砲撃に反応しなかった。

ドイツ領域上空を1945年の冬に飛行中の米国空軍抑撃機の操縦士もまたUFOを目撃した。間もなくその奇妙な球体は決して出現しなくなった。

今日では、上記の出来事は第三帝国が秘密兵器を支配していた証拠だと考える者もいる。彼らはSchriever, Habermol, Miethe , Belluzzoといったドイツのデザイナーが1941年以後に空飛ぶ円盤に乗って働いていたとされることにも言及する。しかし、傑出した航空専門家はその見解を否定する。現在の技術を持ってしても、UFOのように難攻不落で速い飛行機を作るのは不可能だというのだ。実際、この専門家は全く正しい。しかし、彼らはドイツ人が宇宙人との接触後にその装置を作ることができたと言う事実を考慮していない。

85才のドイツ人であるRaul Streicherは2000年にシュピーゲル誌でセンセーショナルな発言を行った。ソ連のユーリ・ガガーリンではなくこの老人が世界最初の宇宙飛行士だというのだ!彼が最初に軌道に乗ったのは1945年だとも付け加えた。これは全くの寓話の様に思われたため、シュピーゲル誌はこの事件について特別調査を実行して第三帝国の機密書類を研究した。その結果、この老人は嘘をついていないことが証明された。

第二次大戦前、ドイツは人類に影響力を持つ兵器や方式を開発し改良する為に秘密の研究機関のネットワークを作り上げた。1938年には特別なロケット工学研究施設がSSの司令部のあるWewelsburghの近くに建設された。帝国の元帥であったゲーリングはpanzerfaustやPanzerknakke pocket grenade cup discharge、更にはFau-3ミサイル施設を含む種々のミサイルをデザインしたこの施設の責任者であった。ナチスは校舎に大きな期待を持っていた。というのも、この施設の一部であったA9/10巡航ミサイルは大陸間ミサイル(ヒトラーは1945年夏にニューヨークを破壊する計画だった)又は宇宙ロケットとして使用可能だったからだ。

1943年にミサイルの試験発射が行われたが、この発明は技術的に不完全であり18の内で16が発射時ないし空中で爆発した。翌年、研究所は40の改良されたミサイルを製造した。同時にヒトラーはドイツの第一人者の中から軍の宇宙飛行士を募集するように命じた。100から500人の飛行士から成る新しい飛行編隊が1944年の3月に結成された。Raul Streicherもまたその一員だった。

1944年の数回のロケット実験成功の後、宇宙飛行士の最終選抜が行われた。ヒトラーは自分の好む占星術を使って二人の候補者を選んだ。二人はMartin von Dulen とRaul Streicherであり、ヒトラーは明らかに後者に共感していた。

von Dulenの乗ったロケットは1945年2月18日に初めて発射されたが、不運にも発射3分後に爆発した。6日後にRaul Streicherの乗った別のロケットが発射に成功して、地球を廻る軌道に乗り、日本の水域に着水した。それ故、1945年2月24日が人類による宇宙探検の始まった日であるとStreicherは主張した。

ナチスは軍事作戦の敗北を自覚した時にWewelsburgの近くの小さな宇宙センターを爆破することを決定し、調査結果と秘密研究機関の研究者達をカルパチア山脈(訳者注:スロバキアからルーマニアにかけて伸びる山脈)の城に隠す事を計画した。研究施設の指導者は城の所有者であり、彼は研究を継続していつの日か復讐することを願っていた。しかし、連合国軍の破竹の進撃がこの計画をうち砕いた。米軍はこの研究施設の指導者(訳者注:v2ミサイルを開発し、戦後米国に移住してアポロ計画を推進したフォン・ブラウンかもしれない)を捕まえ、ソ連軍はこの施設によってデザインされたロケットの一部を手に入れた。後日、これらはソ連の宇宙技術の発展に利用された。

Streicherは知りすぎているために粛清せよという命令が存在した。Streicherは暫く東欧に隠れ、その後数年経過してから東ドイツに移住した。ユーリ・ガガーリンが1961年に初めて宇宙飛行を行った後、Streicherは宇宙の先駆者はソ連の宇宙飛行士ではなく自分であると主張した。しかし、彼はそれが真実であると証明することが出来なかった。





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